情熱をもって。
T.S
経営企画部
「それ、二番煎じ
ではないですか?」
耳に突き刺さる、正論が痛い。
Y.M
営業推進部 事業投資室
刻一刻と変わる状況から
何が最適かを判断する。
T.H
新事業創造部 企画室
スピードはもともとある。
加速は自分たちでつくる。
Y.S
海外事業部
助走期間ゼロ。
走りながら、成長するしかない。
T.T
海外事業部
本気で向き合い。本気でぶつかる。
やっとスタートラインに立てる。
M.K
海外事業部
石橋を叩いて渡る
タイプの僕。
橋すらないけど行くしかない。
T.S
産業インフラ部
データセンターってなに?
ゼロどころかマイナスからのスタート。
Y.M
産業インフラ部
思いがけない出来事が、
私を動かす。強くする。
#Unexpected
#Unexpected
思いがけない出来事が、
私を動かす。強くする。
#Unexpected
を楽しむ人になろう。
社会は動いている。
この瞬間も、休むことなく。
社会が変わるのだから、
私たちの仕事が日々変化するのは
当然のことだと思う。
予期せぬことが起こる。
乗り越える。新しい何かを生み出す。
ヒューリックは
いつだってそうやって生きてきた。
変化を受け入れ、
変化のある日々を乗りこなし、
つよくなる。人間として成長する。
情熱をもって。
新卒で入社したのは商社。転職した2社目でリーマンショックを経験して、生き残る会社とそうじゃない会社があることを骨に刻んだ。ヒューリックに転職して、「海外投資をやらせてください」と直談判したのは30歳の時だった。知識があったわけではないが、当時のヒューリックは、海外不動産投資をやっておらず、会社成長のタネとしてやるべきだと思ったから。でも、英語もできない。現地の税法も分からない。法規制も、商習慣も分からない。英語でうまく伝えられなくて「メールに書いて送ってくれ」と突っぱねられることもあった。結果、不動産を取得し、後に売却して十分な利益は出せた。でも、この案件を最後に海外不動産事業はしばらく打ち止めに。当時の経営戦略において海外事業は「非注力」という判断になったのだが、学びと手応えは大きかった。のちに、自分が引っ張る立場として2024年から海外不動産投資に本格展開するための土台になったと思う。その後、高級温泉旅館「ふふ」の立ち上げや観光事業の買収案件に奔走。自分にできることはすべて注ぎこんだ。情熱をもって自分で経営するくらいの気概じゃないと、新規事業はうまくいかない気がする。どうせやるなら、本気で、思い切って、やり切る道を選びたい。
- #経営者視点
- #少数精鋭
- #やりたいなら自分でやる
- #パッション
- #変化を恐れない
「それ、二番煎じ<br class='interview-detail-active-pc-wide'>ではないですか?」
耳に突き刺さる、正論が痛い。
ヒューリックには過去の事例を真似するだけではダメだという雰囲気がある。不動産の取得の案件の説明をする際にも、単に過去の事例を参考にするだけでなく、「この物件はこういう特徴だからここをこう変えました」といった何かしらのオリジナリティがないと通らない。二番煎じ。辛辣な言葉だ。頭では理解できるが、実際に作るのは容易ではない。でも物差しが明確であることは合理的だと思う。社長から飛んでくる「今のままじゃダメだ」「外部環境が変わっているからこそ新しいことをやる必要がある」というメッセージともリンクする。ヒューリックの言い訳ができない環境が、人を鍛えていると僕は思う。入社5年目、事業投資室に異動になった。スタートアップ企業への投資をおこなうチームだ。入社前から投資に興味があったもののこんなに早く希望が叶うとは。会社が持つ技術の希少性などを分析し、数年後にどうなるかを予測する。新人、日々がむしゃらです。
- #スタートアップ投資
- #言い訳できない環境
- #若手抜擢
- #成長環境
- #がむしゃら
刻一刻と変わる状況から
何が最適かを判断する。
2025年春、金利が上がってきた局面では冷や汗が出た。低い金利でお金を借りて不動産に投資し、その差益を得る。これが不動産ビジネスの基本だ。ところが金利が上がると事業性が圧迫される。計画の練り直しが急務に。日々上昇し続ける金利を確認しながら、計画を超える金利上昇した場合にどう対応するかプランをまとめ、金融機関と交渉し、役員に報告したうえで承認をもらう。ものの数日で数十億もの計画の練り直しは楽ではなかった。ヒューリックは、意思決定が速い会社だと言われる。そう聞くと、拙速をイメージするだろう。それが違う。むしろ逆だ。前提条件を細かく整理する。収益構造を細かく分解する。どこまでリスクを取れるかを細部まで詰める。だから迷いなくスピーディーにジャッジができる。入社4年目の春、新事業創造部企画室のM&A推進チームに異動になった。主に数百億規模の企業の買収を担当している。不動産を見る仕事から、会社を見る仕事へ。不動産は立地や利回りなど、変数がある程度固定されているが、会社はそうはいかない。そもそも、最初から完成形が見えている事業なんてない。やりながら変わる。修正も入る。しかしながら、一度決めたものを守るより、「いま何が最適か」を常に優先する姿勢は不動産投資と変わらない。鍛えてきた投資への向き合い方が、M&Aの世界でも通用する。いま、小さな手応えを感じています。
- #新事業創造部
- #M&A
- #変化対応
- #入社4年目
- #ロジカルシンキング
スピードはもともとある。
加速は自分たちでつくる。
"So, when can you decide?"「いつ決められる?」海外では必ずこう聞かれる。曖昧にすれば案件は他に流れ、視察に行く前に消えることもある。どれだけ早く「決められるか」がそのまま競争力になる。会社の意思決定は、もともと速い。その速さを海外でも落とさないために、自分たちで仕組みをつくってきた。何を見るべきか。このタイプの案件では何が重要か。投資基準を設計し、案件ごとに検証し、更新し続ける。誰が見ても同じ判断ができる状態をつくること。それが加速につながった。国内の不動産投資の部署にいた頃よりも、多くの案件を動かしている。米国チームは3人。駐在員はいない。だから必ず現地に行く。ただし、何度も足を運ぶことはできない。だからこそ、行く前に徹底的に検証し、懸念点を洗い出す。その1回の視察で、すべてを潰し込む。<br>海外は、正直なことばかりではない。良いことしか言わない相手もいる。だから前提から疑う。裏を取る。納得できるまで詰める。納得できない案件はやらない。やると言ったら、必ずやり切る。この積み重ねだけが、信頼になる。「この人と仕事がしたい」と思われなければ、次の案件は来ない。速く決める。詰め切る。やり切る。
- #スピード感
- #現地主義
- #世界基準
- #責任感
- #やると決めたらやる
助走期間ゼロ。
走りながら、成長するしかない。
「変革とスピード」という言葉に惹かれて入社したが、実際の現場は想像以上にシンプルで無駄がない。論理に基づいた意思決定と明確な投資方針。迷っている時間はなく、やるかやらないかだけが問われる。国内の投資部門で培った経験を土台に、現在は海外事業部で米国不動産投資に携わっている。一人ひとりの責任範囲が広く、求められる水準も高い。国内では、LOI(購入意向書)を提出した案件は責任を持って必ず取得するというスタンスのもと、案件に向き合ってきた。海外でも考え方は変わらない。むしろ、実績やネームバリューだけでは信用が得られにくい分、個々の案件への向き合い方がより強く問われる。やり切る。その姿勢を示し続けることが、現地のパートナーとの信頼関係につながっていく。海外事業部に異動後、すぐに主担当として案件を担い、1か月経たずに社内の決裁を通しLOIを提出した。助走期間はない。実戦の中で判断し、やりながら前に進めていくしかない。だからこそ、常に走りながら、成長するしかない。
- #走りながら覚える
- #変革とスピード
- #コミットメント
- #自分で信用を作る
- #即戦力
本気で向き合い。本気でぶつかる。
やっとスタートラインに立てる。
「銀座五丁目のあのビルだね」—国内案件では一言で共有できる立地の常識が、海外案件では通用しない。ロサンゼルス、ラスベガス、シアトル。観光地として知っていることと、投資先として判断することはまったく別物。人口動態、賃料推移、需給バランス、さらに州ごとに異なる税制や法規制。レポートを読み込み、統計を確認する。現地の専門家の扉を叩き、自分の足で街を歩く。自分が納得できなければ、会社を納得させることはできない。議論は常にファクトと数字、それがヒューリックのスタイル。米国では、意見や質問がないことは「関心がない」と同義と受け取られる。だからこそ本気で向き合い、ぶつかる。その分、信頼すれば必ず応えてくれる。移動中の何気ない会話だって、貴重な情報源。未知の世界で、積み上げた確信を頼りに実績を重ねる。米国でも少しずつ、“HULIC”の名前を認識してもらえることが増えてきた。
- #数字で考える
- #女性活躍
- #分析力
- #グローバル
- #未来予測
石橋を叩いて渡る<br class='interview-detail-active-pc-wide'>タイプの僕。
橋すらないけど行くしかない。
一棟目のデータセンターは、普通の事業者が選ばないような、狭い敷地でした。僕らは都心の狭小敷地の開発ノウハウを持っていた。だから自信があった。ところが、データセンターは特殊。これまで開発してきたオフィスや商業施設と比べて大規模な設備がとにかく多い。事業計画を立てる中でも、守秘性の高いビジネスなので、どんなビジネスモデルなのかすら基本的には教えてもらえない。一棟数百億円以上の投資。勝算がないと容易に参入できないのが業界の常識。今ヒューリックの2棟目の着工、3棟目の計画も発表され、水面下で4棟目以降の案件も進めているところです。答えがない状況のまま判断して進めなければいけない上に、失敗してやり直すことが許されない事業。僕は基本的にリスクに敏感で、石橋を叩いて渡る人間でした。ところがこの事業は、正解がない中で立てた仮説を信じて突き進まないといけないので、マイナス思考だとやってられないんですよね。選択した道を正解にするために今何をすべきか。前向きに考えるようになったと思います。僕らが取り組んだことが今後の社内の正解になる。そう考えると、石橋がないことをあれこれ言っている場合ではない。前に進むしかありません。
- #都心型データセンター
- #答えがない仕事
- #仮説思考
- #未来への投資
- #次世代インフラ
データセンターってなに?
ゼロどころかマイナスからのスタート。
建築学科出身ですが氷河期だったこともあり、新卒で入社したのはメーカー。商業什器や家具などのデザインをしていました。その後デベロッパーに転職し、出産を経てヒューリックへ。もともと開発に深く関わりたい思いがあり、出産後もキャリアを止めるのではなく、より前線で働き続けたいと考えたことが転職のきっかけです。前職ではその機会が限られていたため、環境を変える決断をしました。オフィス、ホテル、商業施設、PPP(Public Private Partnership)など、いろんな仕事を担当しました。前例のない仕事の連続でしたが、やり遂げることに必死で、大変だったことは意外と覚えていないですね(笑)。そんな中でデータセンター事業の話を初めて聞いたときは、正直ポカンとしました。不動産でありながら「坪単価」ではなく「キロワット」で会話が進む世界で、すべてが異なる言語のように感じました。AIやクラウド、金融インフラなど、データが都市を動かしているということは頭では理解していても、この世界の常識に慣れるまでは戸惑いの連続でした。ヒューリックの第一号案件である都心型データセンターは、東京・日本橋にあります。一般的には郊外の方が開発しやすい分野ですが、低遅延や通信接続の観点では、都心立地は大きな強みです。“都心の難しい開発”を積み重ねてきたヒューリックだからこそ、挑戦できたプロジェクトだったと思います。完成した時は震えるほど感動しました。難産だった分、愛着もひとしおで、まるで我が子の船出を見送るような気持ちでした。
- #都心型データセンター
- #前例のない仕事
- #建築学科
- #異業種転職
- #ママ

情熱をもって。
新卒で入社したのは商社。転職した2社目でリーマンショックを経験して、生き残る会社とそうじゃない会社があることを骨に刻んだ。ヒューリックに転職して、「海外投資をやらせてください」と直談判したのは30歳の時だった。知識があったわけではないが、当時のヒューリックは、海外不動産投資をやっておらず、会社成長のタネとしてやるべきだと思ったから。でも、英語もできない。現地の税法も分からない。法規制も、商習慣も分からない。英語でうまく伝えられなくて「メールに書いて送ってくれ」と突っぱねられることもあった。結果、不動産を取得し、後に売却して十分な利益は出せた。でも、この案件を最後に海外不動産事業はしばらく打ち止めに。当時の経営戦略において海外事業は「非注力」という判断になったのだが、学びと手応えは大きかった。のちに、自分が引っ張る立場として2024年から海外不動産投資に本格展開するための土台になったと思う。その後、高級温泉旅館「ふふ」の立ち上げや観光事業の買収案件に奔走。自分にできることはすべて注ぎこんだ。情熱をもって自分で経営するくらいの気概じゃないと、新規事業はうまくいかない気がする。どうせやるなら、本気で、思い切って、やり切る道を選びたい。
- #経営者視点
- #少数精鋭
- #やりたいなら自分でやる
- #パッション
- #変化を恐れない

「それ、二番煎じ
ではないですか?」
耳に突き刺さる、正論が痛い。
ヒューリックには過去の事例を真似するだけではダメだという雰囲気がある。不動産の取得の案件の説明をする際にも、単に過去の事例を参考にするだけでなく、「この物件はこういう特徴だからここをこう変えました」といった何かしらのオリジナリティがないと通らない。二番煎じ。辛辣な言葉だ。頭では理解できるが、実際に作るのは容易ではない。でも物差しが明確であることは合理的だと思う。社長から飛んでくる「今のままじゃダメだ」「外部環境が変わっているからこそ新しいことをやる必要がある」というメッセージともリンクする。ヒューリックの言い訳ができない環境が、人を鍛えていると僕は思う。入社5年目、事業投資室に異動になった。スタートアップ企業への投資をおこなうチームだ。入社前から投資に興味があったもののこんなに早く希望が叶うとは。会社が持つ技術の希少性などを分析し、数年後にどうなるかを予測する。新人、日々がむしゃらです。
- #スタートアップ投資
- #言い訳できない環境
- #若手抜擢
- #成長環境
- #がむしゃら

刻一刻と変わる状況から
何が最適かを判断する。
2025年春、金利が上がってきた局面では冷や汗が出た。低い金利でお金を借りて不動産に投資し、その差益を得る。これが不動産ビジネスの基本だ。ところが金利が上がると事業性が圧迫される。計画の練り直しが急務に。日々上昇し続ける金利を確認しながら、計画を超える金利上昇した場合にどう対応するかプランをまとめ、金融機関と交渉し、役員に報告したうえで承認をもらう。ものの数日で数十億もの計画の練り直しは楽ではなかった。ヒューリックは、意思決定が速い会社だと言われる。そう聞くと、拙速をイメージするだろう。それが違う。むしろ逆だ。前提条件を細かく整理する。収益構造を細かく分解する。どこまでリスクを取れるかを細部まで詰める。だから迷いなくスピーディーにジャッジができる。入社4年目の春、新事業創造部企画室のM&A推進チームに異動になった。主に数百億規模の企業の買収を担当している。不動産を見る仕事から、会社を見る仕事へ。不動産は立地や利回りなど、変数がある程度固定されているが、会社はそうはいかない。そもそも、最初から完成形が見えている事業なんてない。やりながら変わる。修正も入る。しかしながら、一度決めたものを守るより、「いま何が最適か」を常に優先する姿勢は不動産投資と変わらない。鍛えてきた投資への向き合い方が、M&Aの世界でも通用する。いま、小さな手応えを感じています。
- #新事業創造部
- #M&A
- #変化対応
- #入社4年目
- #ロジカルシンキング

スピードはもともとある。
加速は自分たちでつくる。
"So, when can you decide?"「いつ決められる?」海外では必ずこう聞かれる。曖昧にすれば案件は他に流れ、視察に行く前に消えることもある。どれだけ早く「決められるか」がそのまま競争力になる。会社の意思決定は、もともと速い。その速さを海外でも落とさないために、自分たちで仕組みをつくってきた。何を見るべきか。このタイプの案件では何が重要か。投資基準を設計し、案件ごとに検証し、更新し続ける。誰が見ても同じ判断ができる状態をつくること。それが加速につながった。国内の不動産投資の部署にいた頃よりも、多くの案件を動かしている。米国チームは3人。駐在員はいない。だから必ず現地に行く。ただし、何度も足を運ぶことはできない。だからこそ、行く前に徹底的に検証し、懸念点を洗い出す。その1回の視察で、すべてを潰し込む。
海外は、正直なことばかりではない。良いことしか言わない相手もいる。だから前提から疑う。裏を取る。納得できるまで詰める。納得できない案件はやらない。やると言ったら、必ずやり切る。この積み重ねだけが、信頼になる。「この人と仕事がしたい」と思われなければ、次の案件は来ない。速く決める。詰め切る。やり切る。
- #スピード感
- #現地主義
- #世界基準
- #責任感
- #やると決めたらやる

助走期間ゼロ。
走りながら、成長するしかない。
「変革とスピード」という言葉に惹かれて入社したが、実際の現場は想像以上にシンプルで無駄がない。論理に基づいた意思決定と明確な投資方針。迷っている時間はなく、やるかやらないかだけが問われる。国内の投資部門で培った経験を土台に、現在は海外事業部で米国不動産投資に携わっている。一人ひとりの責任範囲が広く、求められる水準も高い。国内では、LOI(購入意向書)を提出した案件は責任を持って必ず取得するというスタンスのもと、案件に向き合ってきた。海外でも考え方は変わらない。むしろ、実績やネームバリューだけでは信用が得られにくい分、個々の案件への向き合い方がより強く問われる。やり切る。その姿勢を示し続けることが、現地のパートナーとの信頼関係につながっていく。海外事業部に異動後、すぐに主担当として案件を担い、1か月経たずに社内の決裁を通しLOIを提出した。助走期間はない。実戦の中で判断し、やりながら前に進めていくしかない。だからこそ、常に走りながら、成長するしかない。
- #走りながら覚える
- #変革とスピード
- #コミットメント
- #自分で信用を作る
- #即戦力

本気で向き合い。本気でぶつかる。
やっとスタートラインに立てる。
「銀座五丁目のあのビルだね」—国内案件では一言で共有できる立地の常識が、海外案件では通用しない。ロサンゼルス、ラスベガス、シアトル。観光地として知っていることと、投資先として判断することはまったく別物。人口動態、賃料推移、需給バランス、さらに州ごとに異なる税制や法規制。レポートを読み込み、統計を確認する。現地の専門家の扉を叩き、自分の足で街を歩く。自分が納得できなければ、会社を納得させることはできない。議論は常にファクトと数字、それがヒューリックのスタイル。米国では、意見や質問がないことは「関心がない」と同義と受け取られる。だからこそ本気で向き合い、ぶつかる。その分、信頼すれば必ず応えてくれる。移動中の何気ない会話だって、貴重な情報源。未知の世界で、積み上げた確信を頼りに実績を重ねる。米国でも少しずつ、“HULIC”の名前を認識してもらえることが増えてきた。
- #数字で考える
- #女性活躍
- #分析力
- #グローバル
- #未来予測

石橋を叩いて渡る
タイプの僕。
橋すらないけど行くしかない。
一棟目のデータセンターは、普通の事業者が選ばないような、狭い敷地でした。僕らは都心の狭小敷地の開発ノウハウを持っていた。だから自信があった。ところが、データセンターは特殊。これまで開発してきたオフィスや商業施設と比べて大規模な設備がとにかく多い。事業計画を立てる中でも、守秘性の高いビジネスなので、どんなビジネスモデルなのかすら基本的には教えてもらえない。一棟数百億円以上の投資。勝算がないと容易に参入できないのが業界の常識。今ヒューリックの2棟目の着工、3棟目の計画も発表され、水面下で4棟目以降の案件も進めているところです。答えがない状況のまま判断して進めなければいけない上に、失敗してやり直すことが許されない事業。僕は基本的にリスクに敏感で、石橋を叩いて渡る人間でした。ところがこの事業は、正解がない中で立てた仮説を信じて突き進まないといけないので、マイナス思考だとやってられないんですよね。選択した道を正解にするために今何をすべきか。前向きに考えるようになったと思います。僕らが取り組んだことが今後の社内の正解になる。そう考えると、石橋がないことをあれこれ言っている場合ではない。前に進むしかありません。
- #都心型データセンター
- #答えがない仕事
- #仮説思考
- #未来への投資
- #次世代インフラ

データセンターってなに?
ゼロどころかマイナスからのスタート。
建築学科出身ですが氷河期だったこともあり、新卒で入社したのはメーカー。商業什器や家具などのデザインをしていました。その後デベロッパーに転職し、出産を経てヒューリックへ。もともと開発に深く関わりたい思いがあり、出産後もキャリアを止めるのではなく、より前線で働き続けたいと考えたことが転職のきっかけです。前職ではその機会が限られていたため、環境を変える決断をしました。オフィス、ホテル、商業施設、PPP(Public Private Partnership)など、いろんな仕事を担当しました。前例のない仕事の連続でしたが、やり遂げることに必死で、大変だったことは意外と覚えていないですね(笑)。そんな中でデータセンター事業の話を初めて聞いたときは、正直ポカンとしました。不動産でありながら「坪単価」ではなく「キロワット」で会話が進む世界で、すべてが異なる言語のように感じました。AIやクラウド、金融インフラなど、データが都市を動かしているということは頭では理解していても、この世界の常識に慣れるまでは戸惑いの連続でした。ヒューリックの第一号案件である都心型データセンターは、東京・日本橋にあります。一般的には郊外の方が開発しやすい分野ですが、低遅延や通信接続の観点では、都心立地は大きな強みです。“都心の難しい開発”を積み重ねてきたヒューリックだからこそ、挑戦できたプロジェクトだったと思います。完成した時は震えるほど感動しました。難産だった分、愛着もひとしおで、まるで我が子の船出を見送るような気持ちでした。
- #都心型データセンター
- #前例のない仕事
- #建築学科
- #異業種転職
- #ママ